物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

夢の話

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 また新しく短篇を書こうと思っているのですけれど、ヒントが足りず、なかなか形が見えてこなくて困っています。

 小説って全部が全部作り事というようにはできないんですよね。核になる部分に真実の経験をもってきて、そこを想像力やら何やらでふくらませていくんじゃないかと思うんですよね。主義主張みたいなものではもちろんないし、新聞報道みたいな事実とか見出しとかでもなくて。なんて言うか……血の通った個人の体験みたいなもの。まあ、ほとんど自分の体験なんだけど。そこに、ノンフィクションなどとはまったく次元の違う真実があるのかなと。

 少しでもネタをストックするために夢日記でもつけてみようかなぁと思い立って、今朝、少し書いてみたんですけど、夢ってすごくおかしなものですね。現実には通用しない夢の中だけの記憶ってあるんだけど、あれは夢を見ていると同時に生まれるものなんでしょうか? それから、どうも過去と未来が混在しているようなんですよね。未来のことを、自分ではなく誰か別の人に試しに体験てもらって、その映像を見ているとか。時間の流れが一様ではないんですよね。

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 それで、以前読書会でもとりあげたアンブローズ・ビアス著『アウル・クリーク橋の一事件(アウル・クリーク橋での出来事)』を思い出しました(岩波文庫のピアス短編集に収録されていたと思います)。

 アメリカの南北戦争の最中にある男が処刑されそうになるんですが、その男の記憶が実際よりもひどく長く伸びていくんです。一瞬の出来事が何日もの記憶になる。でも、その非現実的な夢のような物語を読んでいると、あまりにリアルで恐怖する。きっと自分の経験を思い出すからですよね。かなり衝撃的な短篇なので、子興味ある方は読んでみて下さい。

 その人その人が体感する時間の長さって、やっぱり均一じゃないんでしょうね。