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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

『アデル、ブルーは熱い色』

ああ、毎日疲れますよね。
今夜は日本酒飲んでます。つまみはセロリともずく酢。
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カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『アデル、ブルーは熱い色』を有楽町の映画館で観てきました。ジュリー・マロのコミックが原作のようです。それは読んでいないのでわからないけれど、とにかく映画は深いなぁと思いました。
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本当はだいぶ前に観たんだけれど、なかなかうまく消化できなくて、今でも消化しきれていない感じ。何を書いていいのやら。いや、悪い意味ではなく、良い意味で、何度も反芻しています。
 
高校生のアデルが美大生のエマを見初めるところから始まる物語。一般にはレズビアンの恋愛だと思われるのでしょうが、レズビアンということはこの映画であまり重要じゃないし、恋愛すらひとつの例に過ぎないように思われました。
それじゃあ何かというと、気になるのは二人の間の格差なんですけれど。簡単に言うと階級差とも言えるけれど、これは生まれの違いということでは割り切れないんじゃないかなぁと。
 
労働者階級と知識階級というのかわからないけれど、アデルの側は労働者のデモに参加したり、お金を得るための仕事を求める切実さがあるのだけれど、エマの側には芸術や哲学があって本当にやりたいことをやろうとする熱意と余裕があるんです。
その差が彼女らの恋愛に響いてくるのは、コミュニケーションの方法(方言みたいなものかな)が食い違っているからなんだとは思うけれど。でも、その違いはそんなに単純に割り切れるものではない気がするんです。
なぜなら、私の手のとどくところにもあると思うし、自分の内部にもある対立だからです。自分をどう把握するか、社会をどう把握するかによって人やものとの関わり方、コミュニケーション法って変わってきますしね。
 
ここの格差を乗り越えてわかり合うことが大事なんじゃないかといつもその鍵を探したくて、創作をしたりワークシッョプをしたりしているのかもしれないなぁと思いました。
その鍵というのは、まさにこういう映画を撮ることだし、観ることでもありますよね。 
 
皆さん、この映画を観たら、感想を教えて下さーい。