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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

ヨコハマトリエンナーレ2014

耳鳴りのストレス解消に、娘と「ヨコハマトリエンナーレ2014」に行ってきました。

華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」

私達はなにかたいせつな忘れものをしてはいないだろうか。人生のうっかりした忘れもの、現代という時代の特殊な忘れもの、人類の恒常的な忘れもの。

ヨコハマトリエンナーレ2014は、それら様々な忘れものに重いを馳せる「忘却めぐりの旅物語」である。

序章と11の挿話からなる心の漂流記。いざ、「忘却の海」へ。

 

朝から夕方まで一日かかって、かなり重い作品を鑑賞してへとへと…と思ったけれど、世界に立ち向かう現代アートには元気づけられたみたい。

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今日、行ってみようと思ったきっかけは、何と言ってもレイ・ブラッドベリの『華氏451度』という小説。

行きの電車の中でずっと以前に読んだ文庫の冒頭を読み返していて、心打たれました。この未来の時代では本を焼くのが仕事の消防士である、ガイ・モンターグ。17歳の女性と出会う。

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「彼女は正面から、顔をむけていた。ミルクの結晶を見るように、こわれやすい感じではあるが、ものやわらかなうちにも、しっかり光をたたえている。といって、電光のように、ヒステリックなものではない――それでは、なんであろうか? 奇妙なくらい心を落ち着かせる、異常なほどのやさしさではためくろうそくの灯といおうか。いつか子供のころ、停電があった。一本だけのこっていたろうそくをさがし出して、灯をともした。わずか一時間ほどのあいだだったが、それでも、古い時代のものが持っている効能を、あらためて再確認する機会をもった。灯がともると同時に、空間はたちまち、その広さを失って、なごやかに、かれら母子をつつんだ。母と子のふたりだけが、べつの世界の住人にかたちを変えた。二度とふたたび、伝統がつかないでくれることをねがった記憶がある……」

ああ、この感じ、とてもよくわかると思いました。生活の中の物語がどんどん単純になって、表層だけなっていくように感じる現在、部屋の狭さに心がすり切れてしまうんですよね。