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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

忘年会のお知らせ

12月19日(金)の読書会の日、夕方5時から忘年会になると思います。みなさん、よかったらご参加下さい。


今日は賃仕事の合間に、疲れちゃったので友人にいただいた横浜みやげの月餅を食べながら、詩の推敲をしました。

こんなに疲れるのは耳鳴り&難聴のせいで、すっかり夜更かしもできない体になっています。考えることにも難儀するくらいですからね。あ、私はあまりお酒はちょっとしか飲みませんので、よろしく。

以前は温めると余計ダメだったけれど、最近は寒いせいなのか首筋を温めると楽です。スカーフが手放せなくなりました。それからスプレータイプのアロマオイルを別の友人にいただき、使ってみています。なんか、これはゼンソクに効いているかも。

ゼンソクは無視して考えないことにしていますが、ここのところしばらくゼーゼーしていました。やれやれです。

という病気自慢はどうでもよく、詩の推敲です。

ふと我に返ると、私はなぜこんなことをしているのだろう、と思います。自分が詩を書くということにまだ慣れていなくて。でも、詩を書く人なんでしょうからねぇ(たぶん)。

詩を書いてみるまで(つまり、3年前まで)は、詩ってもっと突然わいてくる言葉で構築されているものなんだろうと思っていたのですが、書いているとぜんぜん違うんですよね。いや、私の書き方が普通かわかりませんけれども。

確かに最初はね、わりとぱっと書いてしまうのですよ。ただ、その後に恐ろしくねちねち推敲します。というか、ほんのちょっとした言葉を入れ替えるだけなんですけど、印象が大きく変わってドキドキします。

だから、形として大きくは変わらないのに、内容はまったく別のものになってしまうんです。「私の考えていたことは、実はこういうことだったのか?!」と発見することになり、愕然とします。だって、本当にそうだから。

あれ、もしかすると単純に[考える]ってこういうことかもしれませんね。言葉(事柄)と言葉(事柄)のつながりを探って、見つけて、つないでいって、ルートをつくるっていうことですよね。

ルートはできるだけダイナミックなほうが面白いし、気分がいい。