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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

詩を書く 小説を書く 「音を聞く」 抒情文芸

体調のせいもあって詩の推敲がはかどらないまま寄り道ばかりしていたのですが、今日は思い切って仕上げようという気になりました。外でぼちぼち書いて、帰宅して原稿用紙に清書。私の場合、手で書いてみないとどうもいいかげんさがにじみ出ているような気がして不安になるんです。

ブログもいつも、下書きなどせずに直接書いてしまっています。基本性格が面倒くさがりなんですね。若い頃はそれで失敗することが多くて、数えきれないほど反省しているおかげで、少しは辛抱強くはなっているはずなのですけども。

一番大事なことなんですけれど、詩を書くことも、小説を書くことも、地道な努力が必要だと思います。ひらめきなんてものは、余程の天才でないとありませんからね。いや、天才の人こそ、誰より地道な努力をしてそう…。

 

夕方、『抒情文芸』が送られてきて、私の小説が掲載されていることを知りました。小説を書いても、なかなか読んでもらえる機会がないので、本当に嬉しいです。心から感謝いたします。

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 私が書いたのは「音を聞く」という小説。選評を読むと冒頭に〈この作者は、いつも実験的な小説に取り組んでいます。今回はピザ屋で働く男の視点で書かれています。〉とあり、それだけで嬉しく思いました。作品としてきれいに仕上げることよりも、修行として試行錯誤していますので。

あらすじについても、簡単に書いていただいています。

〈男は、常連客の女子高生とつきあうことになるのですが、少女は大胆にも男の許へ飛び込んできます。その少女の処遇について葛藤する物語ですが、良心的な彼の行動が救いになっています。〉

この雑誌は季刊なので3ヶ月ごとの発行。新しい号を読むと1月後に次号の投稿締め切りになります。なので、次はどうしようかなぁと考え始めます。

前号の後は若い女性と中年男性の恋愛について書こうと決めたのですが、暴力を描こうと思ったら、ぜんぜんわからなくなってしまったんです。暴力を奮う気持ちがわからない。暴力を奮った経験があまりに乏しいのでしょうね。

加えて、難聴のせいでなかなかエンジンがかからず、締め切りまで2週間になってしまいました。そんなとき、たまたま友人からお茶をしないかと誘われたのです。「忙しいし、耳鳴りだし…」と言ったら車で迎えに来てくれて、カフェへ。

「もういいや、彼女の話の中の何かをヒントにして書き始めよう」と、無理やりなことを自分に課しました。そのときに彼女の話で印象に残ったのが、知人のお子さんがずっと家庭内暴力がひどかったのに、どこやらの飲食店で働き始めたら、真面目さが認められて店長になったという。

 「へぇ、すごいね」「いや、普通の話。彼は本当は悪い子じゃないから」

そうか、と思いました。暴力奮う男性を思いきって良い人に書いてみようかなぁ、と思いついたんです。それで書いた短編小説です。

 

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昼間、森を通りました。まだ喘息で少し咳込んでしまいますが、自然には癒やされます。いつのまにか、紅葉がこんなにきれいでしたよ。