物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

日本の保健婦さん

昨日はこの映画を観ようと、川崎市アートセンターに行きました。マイナーな映画かなと思ってぎりぎりの時間に行ったら、チケットカウンターにも行列ができ、映画館も満員なのでびっくりしました。

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「日本の保健婦さん 前田黎生・95歳の旅路」(竹重邦夫/藤崎仁志監督 2014年)のディレクターズ・カット版ということでの、今月24日から30日までの特別上映です。(学習会などでの自主上映にも対応しているそうですよ。)

このところ加齢問題に関心があって観たせいでもあるのですが、実際に映画の中で過去を回想する95歳の前田さんの言葉の明晰さに驚きました。

現実的で主導権を握る母親と夢見る文学青年だった父親の両方の血を受け継いだのでしょうが、理論的で活動的である一方、精細な個人の気持ちを原動力にしているように感じられ、そういう持って生まれたものが現在の頭脳明晰さにつながるのでしょうかね。

とにか現在もきっちり本を読んでいるし、持論を語れるのです。60代のときには、過去の自分の恋愛について新聞に書いたことでバッシングを受けたこともあったとか。男性本位の性のありかたへの疑問も語れるのです。

もちろん、前田さんの経験はものすごい重さがあって、映画を観ているだけで疲れてしまうほどですけどね。でも、そのすべての経験から学んでいるのです。学んだから自我が生まれるのか、それとも、自我があるから学べるのでしょうか。

先日、クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を読んで、まあわかるんだけれど、日本人にはこういう独立した自我がなかなかないような気がいつもしているので、自我ってどこから生まれるのだろうともやもや考えていました。

映画は過去の映像はないわけで、前田さんの過去の回想から現在のその場所の映像が出てきて、それは当時の風景とはたぶん似ても似つかないものだと思うのですが、そこをつなげてしまうエネルギーが、前田さんの言葉にはあります。

もらったパンフレットを読んだら、この映画を撮ることになったのは、監督が2008年の夏に安曇野の保健婦資料館での一泊二日の研修会がきっかけだそうです。専門家と学者招いた講義と熱い討論を見てびっくりしたのだとか。(うーん…社会教育の分野でも似たようなところがありますけどもね…。)参加者はほとんど70~80代の女性。前田さんはそのときの最年長者で90歳でした。

翌2009年、映画の撮影が始まって最初に監督と前田さんが顔を合わせたときに、前田さんが保健婦としてではなく、人間として撮ってくれ、と言ったのだそうです。

「私は模範的な保健婦じゃないし、第一、保健婦なんか撮っても面白くないわね」と。90歳で。なんて、かっこいいんでしょう(笑。

映画の中で前田さんが朗読していた自作の詩もとても良いのです。孤独に対する見据え方に逃げがなく、自信に満ちていて、朗読を聞いていて元気づけられました。

表現をする人なんだなぁとしみじみ思いました。これからも執筆活動をがんばっていただきたいです。