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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

青年時代 クッツェー

「抒情文芸」の投稿締め切りが迫ってお尻に火がつきまして、広島に行く前に書き殴ってあった小説をなんとか完結させようと今日は朝から一日作業していました。今回は二十歳のひきこもりの青年が主人公なんです。

それでなんとなく、J・M・クッツェーの「青年時代」を、小説を書く合間に読んでみたんです。ちょうど二十歳の〈彼〉が主人公のせいか不思議な合致もあって、そういうものかなぁと思いました。

去年出たこの本は『サマータイム、青年時代、少年時代――辺境からの三つの〈自伝〉』(くぼたのぞみ訳 インスクリプト)という680ページくらいある本で、こんなに分厚い。

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時間がないので(「少年時代」は以前出版されていたのを読んでいたし)「青年時代」だけ読みました。

「青年時代」には、1940年生まれのクッツェーに似ている24歳くらいまでの青年の様子が描かれています。たぶん1960年代、南アフリカからのイギリスに渡った〈彼〉の生活と葛藤のあれこれ。あまりに正直に誠実に書かれているので、読んでいて恥ずかしくなりましたが、青年時代は恥ずかしいものなんですよ。

で、今書いている小説の主人公に似ている以前に、自分も同じところを通過してきたことがしみじみ思い出されました。

〈彼〉はIBMで働き始め、その後、コンピュータ・プログラマーとして転職するんです。ロンドンから田舎にひっこんでしまうけれど、仕事が面白くて夢中になる。

「こういうことか、と彼は思う。自分で気づかぬうちに、準備を重ねてきたのはこのためだったのか! つまり数学とはこういう場所へ人を導くものなのか!」

「秋が冬に変わる。彼はほとんど気づかない。もう詩も読まない。代わりにチェスの本を読み、グランドマスターのゲームを追いかけ、オブザーヴァーのチェスの問題をやる。よく眠れない。ときどきプログラミングの夢を見る。自分の内部で進行するものを他人事のようにじっと観察している。」

「彼は切望することをやめた。彼の内部の情熱を解き放つ、謎めいた、美しい、未知の人を探し求めることが彼の心を奪うことはもうない。」

「確かに、ブラックネイルにはロンドンのように目の前をそぞろ歩く女の子たちに匹敵するものがないこともある。しかし彼は、切望の終わりと詩の終わりの関連性を認めないわけにはいかない。要するに、大人になりつつあるということか? 結局、大人になるとはそういうことか? 切望から、情熱から、魂のあらゆる苛烈さから卒業するということか?」

男性と女性の違いはそりゃ大きくあると思いますが、20代前半の頃の同じような迷いを思い出しました。まあ、その後も、何度も迷いますけれども~。それでも、この時代は大変だったなぁと。

それにしても、クッツェーは面白い。小説を書き終えたら(明日郵送する予定)『ヒア・アンド・ナウ 往復書簡2008-2011』(ポール・オースター J・M・クッツェー 岩波書店2014年)を読もうと楽しみにしています。

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この本はそんなに分厚くない。