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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

漱石の現代性を語る

昨日、夫と2人で、早稲田大学で行われた国際シンポジウム「漱石の現代性を語る―歿後100年、生誕150年ー」に参加してきました。午前から夕方6時までの長丁場でしたが、面白かった~。

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午前中は漱石へのアプローチということで、ロシアの世紀末文学との関係についての講演と漱石の科学への関心というテーマの講演と2つありました。最初の源貴志先生による講演は、二葉亭四迷が翻訳したアンドレーエフとの関連の話がメインでした。

個人的には、二葉亭が翻訳した小説はゴーリキイのものが一番多いんだなぁと思いましたね。恐怖や狂気や死を扱ったものを選んでいたのではないかというお話でしたが、ゴーリキイの描く心理のみずみずしさみたいなものには、私も何かかきたてられるのです。二葉亭が翻訳したのは1900年代(1909年にベンガル湾上で亡くなっている)ですが、100年余前というのは、今と何か共通点があるのかなぁとお話を聞きながら考えていました。

午後は基調講演ということで、「明暗」をめぐる講演が4つ。

面白かったのは、エマニュエル・ロズラン先生の「明暗」における会話の勾配についてのお話。漱石の最後の小説「明暗」の中でうまく運んでいる会話がほとんどないということに注目されています。実際、小説でも「だんだん勾配の急になって来た会話」と表記されているらしく、確かにあったような…と思いました。

「明暗」は夫婦関係を扱った小説ですが、他の登場人物とはケンカになったとしても、夫婦間では問題の核心に触れようとしない。関係は改善されないが、ケンカは起こらず、関係の悪化もない。

なんとなく私は、村上春樹の小説の夫婦関係を思い出しました。ロズラン先生は生半可な知者という言葉を使っていたと思いますが、どういう意味なのだろうか?

(実は、行きの電車の中でコレットの「青い麦」を読んでいたので、確かに会話の違いには愕然としていましたよ。1867年生まれの漱石が49歳で亡くなる直前まで(1916年)新聞の連載小説として書いていたのが「明暗」です。で、1873年生まれのコレットが50歳で1923年に出版したのが「青い麦」なんですよ。)

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それから、作家の堀江敏幸氏は、冒頭のフレーズから様々な推測をされ、それが小説全体に影響する大きな流れにつながるという作家視点のお話。いや、大学で毎年学生さんたちと漱石を読んでいるそうですので、教育者としての視点でもあるのでしょうか。私も学生時代の講読で「明暗」を読んだので懐かしかったな。

その後、講演者全員でのパネルディスカッションがまた予想外の展開などあって面白かった。まるで豪華キャストによる公開読書会でした。が……ううっ眠い。明日も忙しいので、このへんでやめておきます。

そうそう、今月の読書会は漱石の「夢十夜」です。よろしくお願いします。