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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

大江健三郎「死者の奢り」

昨日の午前中の〈子どもの読書会〉は林明子の絵本でした。自分たちが子どもの頃にはなかった絵本のせいか、私はあまり子どもに読み聞かせなかった絵本です。他にもそういう方が何人か。そんなこともあって、4冊ほど朗読し合ってみました。

「こんとあき」「とんことり」「あさえとちいさいいもうと」そして「はじめてのおつかい」です。

出てくる子どもは大人しく思慮深い女の子だし、全体に飛躍の少ないストーリーなのですが、小さなこどもが列車に乗って旅をしたり、小さな妹を探してトラックの通る道路に出ていく絵に、母親視点でドキドキしました。複数の子どもを育てていても、ほんの何年かで状況が変わります。

絵本の内容よりも、子育て事情の社会的変遷について語り合うことに。子どもが色々な経験をする機会、多様な人とコミュニケーションする機会が減少していることを思い知らされました。

そして、午後の〈ささやかだけれど役にたつ〉読書会は大江健三郎の「死者の奢り」がテーマです。

実は、色々な形のもので20年ほど読書会をしていますが、大江健三郎の本をとりあげたのは初めてです。何度も候補にあがったことはありますが、難しいよね、ということで却下された記憶があります。

今回はどうしてとりあげる気になったのか。たぶん、最近、文学館で始めた高校生大学生を中心にした〈流動的読書会〉での若者たちの頭の回転の速さと考えるときの真っ直ぐさに影響されてのことではなかったか、と思います。また、ここ何年も大江健三郎の小説を読んでいなかったこともあります。

ちょうど1年前、理系で国語が苦手だと言っていた中3の息子にすすめた全集の1巻に「死者の奢り」が入っています。

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息子はこれ1冊読んで、実際の受験では国語はほぼ満点でした。息子曰く「頭が整理されたらしい」と。実は、私にも同様の経験があったので、息子にすすめたのです。

読書会の前日に30余年ぶりに再読し、頭をガツンと殴られ衝撃がありました。ほとんど自分の経験として、自分の血肉になっていることに気づいたからです。そして、誠実に、真面目に考える若者らしさを久々に実感しました。やはり、何ごともあいまいにせずにきちんと考えることが、人間を人間たらしめることですね。

読書は大切ですね。色々実際に経験ができないからこそ、読書が必要です。それも、良書を読むことが大切ですよね。