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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

デリリウム17

このところ大江健三郎の初期の短編を少しずつ読んでいますが、気分転換にアメリカのベストセラー『デリリウム17』を読んでみました。

ハリーポッターシリーズをはじめ、この本のような、子ども(若者)から熟年まで幅広く読まれているクロスオーバー・フィクションと呼ばれているものが、アメリカやイギリスでは人気だそうです。ヤングアダルトのことかな。

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この『デリリウム17』は世界30ヶ国語以上に翻訳されており、オバマ大統領が娘に贈った本などとも言われている有名なライトノベルです。でも、日本ではそんなに読まれていないような…。

小説の舞台のアメリカは、「愛」が病として認識されて64年がたっている未来社会です。ほとんどの家に車がなく、電気も少ししか使えない、今よりだいぶ貧しい世界。「愛」に感染すると死に至ると思われており、また、感染すると恐れられています。

普通、子どもは17歳までは自由に過ごしますが、18歳になると手術を受けて「愛」を切除されます。恋愛しなくなるだけでなく、感動することがなくなるというか、色々なことに対して本当に感じなくなるわけです。つまり、感情の起伏に乏しい従順な人間になるということです。それが、この世界では大人になるということ。

実は、この社会は鉄条網に囲われている社会なんです。反対派の人たちはその外に暮らしているのですが、情報がなく、そんな人たちはいないと信じられています。鉄条網はあるのに…。

感動しないということは、同時に痛みを感じないということなので、子どもたちは手術を心待ちにします。手術が18歳以降に設定されるのは、それ以前にすると失敗する確率が高まるため。

このへんのことは、理解できると思いました。17歳から18歳が一番の変わり目ですよね。

読みながら、ある意味小説を離れて色々考えていて理解できたことは、17歳というのは人間がもっとも純粋に誠実であろうというする時期なんだということ。だからこそ、あるときに色々な意味で一線を越えてしまうんですよね。越えたときに、初めて現実の世界が見えてくるんです。というか見えてしまうんですね。

恋愛にも言えることで、初めて、容姿や背景や条件などの向こう側にある本当のその人の姿が見えてしまうから、夢中になってしまう。その時、自分の容姿や背景や条件なども忘れてしまうから、恋に落ちるのですよね。

でも、まあ、恋愛だけじゃないですね。

 

大江健三郎の初期の作品も、その一線を越えるあたりが描かれているように思えます。『死者の奢り』も、『飼育』も、他の作品も、囲いの中に閉じ込められているのですよね。

『飼育』の主人公の少年が、自分の体を傷つけられ、大人たちに裏切られと感じて、精神的にその囲いを出ていくところに、その時期独特の若さのようなものを感じました。