物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

リリーのすべて

昨日は読書会があり、その報告もしなければと思うのですが、その前に。

夫婦50歳割引を利用させていただき、少し前にアップリンクで観てきました映画についてです。50歳を越えてから夫婦で映画を観ることが増えましたが、どちらかが気に入るものはあっても、2人そろって良かったと思う映画は何年ぶりかというレベルです。「良かったね!」と会話が弾んで、仲良く食事までしてしまいました。(いつもは、どちらからともなく「じゃ、忙しいから」と映画後に別れます。)

リリーのすべて』は、予想以上に正統なラブストーリー、夫婦愛の映画でしたからね。『英国王のスピーチ』『レ・ミゼラブル』のトム・フーパー監督、『博士と彼女のセオリー』でホーキング博士を演じたエディ・レッドメインがリリーを演じています。リリーは、90年前に世界初の性別適合手術を受けた伝説的人物。リリーの実話をもとにした映画です。

二つの大戦に挟まれた、つかの間の自由な空気があふれたアール・デコの時代。1926年デンマーク、著名な風景画家アイナー・ヴェイナーと肖像画ゲルダは、人も羨む仲睦まじい夫婦。ところが、妻のモデルを引き受けたことをひとつのきっかけとして、夫の中にリリーという女性が目覚めていきます。

アイナーが好んで描く北欧の陰鬱な沼の風景が、彼の内面と重なって納得させられます。パンフレットによると、彼を演じたレッドメインは、脚本を読んで愛の限界が問われるような真実のラブストーリーだと思ったそうです。「本当の自分自身になるという、ただそれだけのためにどれほどのことが必要だったのか。単純そうだけれどどれほどのことが必要だったか。(略)そのことが明確になるように心がけました。」なるほどそういう演技だったと唸ってしまいました。

脚本が優れていることもありますが、アイナーやゲルダが絵を描くシーン、描かれた絵もとても良かった。売れない肖像画家だったゲルダが、夫の中から現れるリリーに困惑しつつも、リリーに惹かれて描いてしまうときの、その線の力強さ。その勢いある筆運びはしばしばキャンバスの裏側から撮られており、清々しく感じられ、こののびのびした精神というのは、この時代特有のものなのかなと。

だとしても、トランスジェンダーという概念などなかった時代。悩みに悩んでいくつもの病院を受診し、精神病だと言われ続けるアイナー。周囲との違いを強く正しく認識しようとするからこそ、自己のアイデンティティを確立するに至るのでしょうか。

以前、カリフォルニアの実例をもとにした日本の朗読劇と映画を見ましたが、

朗読劇「8ーエイトー」 - 物語とワークショップ

ドキュメンタリー映画「アゲンスト8」 - 物語とワークショップ

 劇をつくった若い演出家が言っていたことを思い出しました。ゲイの方々への偏見はいけないけれども、異性愛者が恋愛にこんなに冷めているのに、なぜ同性愛者がこれほど純粋に愛し合っているのか不思議だと。確かにそうでした。

でも、『リリーのすべて』を観て、なんとなくわかったような気がします。自己確立することが恋愛するときの大前提だとしたら、ですけれど。誰かがしている恋愛を真似したいと思うのではなくて、自分自身が本気で誰かの幸福を願ってしまった結果、気がつくと恋愛は成立しているんですよね。