先週、読書会のメンバーWさんに「ニセ家族」の新聞記事の切り抜きをいただきました。
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天沼(1996年) 「ニセ家族」4人の記憶〈一枚のものがたり〉広瀬勉:東京新聞デジタル https://share.google/6HUBQdPIi3CGsuVJA
翻訳家で澁澤龍彦さんの最初の配偶者でもあった矢川澄子さんが、その昔テレビの人気番組だったイカ天で「たま」を見たことをきっかけに、人づてに紹介してもらった「たま」のメンバー知久寿焼さん含め、舞踏家の室野井洋子さん、写真家の広瀬勉さんと4人でルームシェアしてしいたというのです。
それは90年代最後の頃の話で、なぜか今、このときのことが『天沼』という写真集として出版されたというニュースでした。意味深ですね…。
私にはかなり高価ではあったのですが、興味をかきたてられ、早速、注文して買ってしまいました。年をとってくるとせっかちになるのです。
ページを開くと、やはり時空の隙間にでも入っていくような心地よさがあります。…この感じ、たまらないです。
(そうだ、私もその昔、写真を撮っていたことがありました。自分で現像し焼いてまいました。写真をやっているたくさんいました。)

矢川澄子さんという人はあまり知らないけれど、翻訳した本から矢川さんのイメージは持っていました。ポール・ギャリコとか、子どもたちと集めたヤーノシュの本、今でも大好きなアトリー『むぎばたけ』などうちに何冊もあります。
それと別のこととして、もちろん知久さんのCDやレコードやカセットも持っています。昔からの普通に好きで、ファンだからです。
室野井さんが仲介を依頼した名古屋の劇団関係者というのは、少年王者舘かなとは想像がつきました。少年王者舘の公演も結構観ました。やはり、繋がっていることはわかりました。
でも、この記事で一番驚いたのは、ニセ家族と言われてしまうような年齢差もあるやや不可解な組み合わせのルームシェアに至った経緯でした。なぜなら…この記事を読んで思い出したのですが、実は、私も同じ経緯でルームシェアをしたからなのです。時期的にはもう少し前、イカ天直後の1990年から数年です。
1989年の寒くなり始めた頃です。夜中に放映されていた番組イカ天を、当時OLになって間もない私も偶然見ました。深夜帰宅して、話題になっていたので見てみようと思い立ったのです。それが、ちょうど「たま」が出場した初回でした。
あまりの衝撃に、テレビのブラウン管に顔を近づけたまま固まりました。「いや、おかしいでしょう」とつぶやいていました。公共の電波でこれ?と信じられなかったのです。何人かの友だちに「テレビつけて」と電話したような気がします。
(当時はケータイもなかったので、夜中によく電話しました。)
私の頭の中では、それまで信じていた常識のようなもの(言われたことをやり、流れに流され、何事も無難にこなす)が弾け飛び、呆然としました。
このままでは自分はダメになってしまう。すぐに家を出て自立するべきだし、新しい人間関係を開拓すべきだと悟りました。私はかなり慎重なタイプのはずなのにすぐに実行に移していました。
当時、経済的に余裕がなかったので、友人たちを誘って3人で古いアパートを借りることにしました。2K風呂なしのアパートです。ルームシェアと言うより、それこと疑似家族、共同生活でした。
更に、そこに大勢の友だちを呼び、毎週末の飲み会はもちろん、歩いて東京縦断とか、影絵公演とかおかしなイベントを企画しました。友人たちは芋づる式に増えていき、カンパももらえて助かりました。
(ただし、あまり長続きはしませんでした。イベントでかつて同級生だった夫と再会し、その後、同棲を始めることになったからです。90年代後半には結婚して子育ての生活にシフトしました。
これはこれで、人生が大きく変わるターニングポイントではありました。人生が変わると、友だちも5割くらい変わります。これは、また、別の話になりますので、今は置いておいて…)
思い出すと、イカ天で見た「たま」の演奏には、何かものすごいメッセージ性があったのではないかという気がします。何か原始的な本能がかきたてられ、仲間と繋がりたいという強い目的意識が発動してしまったのではないかと。
そして、人生が大きく動くきっかけになりました。そのおかげで今があるのです。
今、ちょうど小林武彦さん『なぜヒトだけが幸せになれないのか』(講談社現代新書2025年)を読み終えたばかりなのですが…

ヒトがどうしたら幸せになれるのかというひとつの解答として、家族や身内や仲間とコミュニティを作って助け合って暮らしていくということが書かれていていました。なるほどと思いました。
現在、家族や親族、フラットな繋がりとして読書会、子育て期に助け合ってきたサークルピッピの仲間たちや友人たちも私にとってはかけがえがないと実感しています。