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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

通訳としての演劇ワークショップ

 台風ですね。すごい風。家、揺れてる…。

 今、隣家の外壁にはりつけられたトタンがバタンバタン鳴って怖い…と思っていたら、大きな一枚はもう飛んでました。雨戸の隙間からのぞいてみたら、まだいくつか飛びそう。そんな中、犬の散歩をしている人がいます。危ないですよー!

 外に出たいなぁとさっきから思っていますが、こういうときはすべての用事を後回しにして、我慢して自室にこもってゆったり過ごすのも手ですね。お茶でも飲んで、ですね。

 そうそう、8月29日、30日の夏休み特別企画のワークショップのこと、実は、まだ書いていない大事なことがありまして。

 写真をたくさん載せたので、8月31日のブログ(↓)を見てもらえば雰囲気がわかると思います。すごく楽しかった。初日は『ぐりとぐら』をいろいろ楽しもうということで、パペット人形をつくったり、カステラをつくったり。

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 パペット人形はみずたまりさんに担当してもらいました。詳しく知りたい方は、アトリエまあんさんのブログをご覧下さい(→)。カステラづくりの前には子どもたちに卵も割ってもらって泡立て器で混ぜてもらって。

 午後、私は演劇を使って絵本を体験するワークショップを担当しました。これ、主旨は読書会と同じです。読書会では物語についてみんなで感想(読解や解釈)を言い合って楽しみます。演劇ワークショップでも、物語をそのまま演技(読解)して、場合によってもう少し発展した表現(解釈)も試みます。

 この日、自閉症で知的障害のお子さんがひとり参加されていたのですが、このコンセプトを理解してめちゃめちゃ楽しんでくれて、それはとても嬉しかった。障害があるということがどういうことなのかあれこれ考えてしまうほどに。

 むしろ理解が早いんです。彼の演技、卵がぱかーんと割れる場面は、本当に卵が割れるというのがリアルにわかって、感動してしまいました。ああ、きっといつもは言葉で理解するというのが難しいだけなんだなぁと思いました。

 そう思うのも、私にもそういうところがあるからなんです。今は、詩や小説を書いているのでだいぶ言葉に近づきましたが、それでもまだ距離はあります。子どもの頃は言葉とは別の次元で感じたり考えたりすることが多かった。

 実は、去年の今頃、重度の身体障害があってコミュニケーション手段のない青年がなんとか意志を伝えるという小説を書いていました。私はそういう人も、それに近い人すら直接は知らないので、ほぼすべてが空想です。自分でも、なんでそういうテーマを選んでしまうのか、不思議でした。

 ひとつのきっかけは、重度障害を持つ人のコミュニケーションをサポートする会をたまたま一度見学したことでした。一歩踏み込んだサポート(通訳)をすることで、何人かでディスカッションすることも可能になることを目の当たりにしました。

 でも、障害を持つことがどういうことなのか想像するのは難しかった。太宰治賞に投稿したら、なんとか一次選考だけ通過しましたが、それだけで嬉しかったです。

 ただ、なぜ私はこういうテーマを書いたの? という疑問はもやもやと残っていまして。自分と言葉の距離とは関連すると思っていましたけど、それでも違うしね、と思っていました。

 なので、先日の演劇ワークショップで、自閉症のお子さんがのびのび演技して、みんなに自分の気持ちを伝えているのを見て、ハッとしたんです。なんだか、自分を見るようだったんですよね。言葉と自分の離れた関係を橋渡しするために、私は演劇をやっているんだなと気がついたんです。