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物語とワークショップ

ピッピのくつした/まちだ演劇プロジェクト

小説を書くって?

物語・小説

~ 明日7月12日(金)町田市民フォーラム3階多目的室で読書会があります~

 ★子どもの本の読書会 シルヴァスタイン『おおきな木』/9時半~

 ★ささやかだけれど役にたつ読書会 井伏鱒二『山椒魚』/13時半~

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 尋常じゃなく暑いですね~。景色も歪んで見えそう…。上の写真は曲面に映った虚像ですが。

 この一週間ほど、ちょっとしたところに投稿するための原稿用紙20枚ほどの短篇を書いていますが、頭がショートしそうです。小説の舞台も思いきり夏になってしまったので、さすがに少しは涼しげな夜のシーンなど入れようと思っています。

 それと、私はわりと虫が好きで、小説にすぐに虫を登場させてしまう癖がありますが、大丈夫かな。それも死んで腐った虫を食べるシデムシなんですけど…。私も、何でもかんでも虫が好きというわけではないし、気持ち悪いと思ったりもするのですけれど、目につくとどうも観察してしまうのです。まあ、虫に限らず観察が好きなのかもしれませんけれどもね。

 それにしても、小説を書くのは難しい……。というか、自分で書いていてこんなことを言うのも変ですが、なんで書けるのかよくわからない。以前は書きたくても(書き始めても)なかなかまとまらなくて、最後まで書くことが困難でした。フリーライターということで雑多な文章を書くことはそんなに大変じゃなかったのですけれど、私にとっては長いこと絵を描くことのほうがずっと自分の表現方法でした。

 実は、最初に真面目に小説を書こうと試みたのは中学生の頃だったと思うのです。どうやって書いて良いのかまったくわからず、途方に暮れました。がんばっても、とても最後まで書けませんでした。文章を書くことに向いていないのかもしれないなぁと思いました。

 でも、才能が書かせるのだろうという幻想を、若い頃は少し信じていましたが、今はとても信じられません。99%の努力じゃないでしょうかね。小説以外の文章なら書けるでしょうけど。

 先日、ちょっと理由があって、美大進学のための予備校のデッサンの公開講評に行ったんです。構図とか、パースとか、ストラクチャーとか、光と陰影とか、色々な観点で評価するという話に、なるほどぉと思いました(すごく楽しかった)。で、美術の世界では、創作するために必要な知恵の歴史(積み重ね)がものすごくあるんだなぁと思いました。きっと、大勢の人々が人生をかけて支えてこられたのでしょうね。

 それに比べると、文学は批評は色々あるんでしょうけど、創作のための理論があんまり見あたらないような気がするんですよね。それとも、あるのかな? 私に学ぶチャンスがないだけかなぁ。小説の作法を教わったことって全然ないんですけれども……それじゃ書けなかった筈だよね、と思いました。

 私が急に小説を書き始めたのは、だいたい一年前のこと。気持ちとしてのきっかけは、3・11から一年経て人生観が変わったことがあるんですけど、技術的なことはよくわかりません。それでも、未熟とはいえ一年間に10作品近く書いたような。40代も後半になって、一体どうなっているんでしょう。……あ、ずっと読書会をやってきたことで力がついたとか?

 でも、一代で行けるところまで行くしかないとすると、限界があるんじゃないかな……。自分が小説を書くということと関係なく、文学はもっと盛んになるといいな。そうすれば、人間の心の問題が少し解決するのではないかな、と。文学って虚構ですけど、人間が頭で色々なことを総合的に考えることを支えるものだと思うので、このまま後退していくと未来の社会が心配になってきます…。