夢
明日は16日は読書会でーす❤
10時~12時は、せなけいこ作の絵本、13時半~15時半は、レベッカ・ブラウンの短編「パン」をとりあげます。場所は町田市民フォーラム3階多目的室です。…中年世代中心(^o^)/
夕方18時~19時半には、文学館ことばらんどの1階ロビーにて流動的読書会も開催します。ドクター・スースの絵本「きみの行く道」(いとうひろみ訳)を朗読して、たのしく語り合いたいと思います。…若者中心(^^♪
小説を書き終えて…。ゆっくりのんびり読書ができると思っていたのに、ふと気づくとまた小説を書き始めています。おっと、どうしたのでしょうか。これは、何か強迫観念によるものめいていますかね。
年齢も年齢なので、急に書けるようになった小説が、またいつ書けなくなってもおかしくないといつも恐れています。少なくとも、今がピークではないかという気がしていて、書けると、ああ大丈夫まだ書ける…とホッとします。…だって、50を過ぎてから自分の衰えは実感しますのでね。
最近は、寝不足がホントにきついですね。一緒に夜更かしした息子などは、そのあと20時間くらい深海に沈んだようにどんなに呼んでも耳に入らないようですが、私はそんなことには絶対なりません。そもそも長時間眠り続けるエネルギーがないもの。
「先日書いた小説でね、主人は、寝ているときに見る夢の中で人々の交流が行われているのではないかと考えるのだよ」と息子に話したら、「睡眠には波があるよね、そのレム睡眠のたびに夢を見てるんだよ、覚えていないだけでね」と教えてくれました。偉大な発明家などには、意外と夢をヒントにしている人は多く、意図的に利用していた人もいたとか。ほう…。
そういえば、夢も、若い頃は鮮明だったなぁと思いますね。先日書いた小説にも、今回抒情文芸に掲載してもらった小説にも夢のシーンがあるのですが、どちらも私が20歳前後に見た夢がベースになっています。
読書会のお知らせ
12月半ばになり、さすがに寒くなってきましたね~。読書会シーズンではないでしょうか。
ささやかだけれど役にたつ読書会のお知らせです。
12月の例会は今週16日(金)、場所は町田市民フォーラム3階多目的室です。
★午前(10時~12時)…せなけいこ作の絵本を持ち寄っての読書会
★午後(13時半~15時半)…レベッカ・ブラウンの短編「パン」をとりあげます。
初めてのかたも歓迎いたします。参加費(会費)は実費のみで、1年間で千円です。
★流動的読書会も、この日の夕方(18時~19時半くらい)文学館ことばらんどの1階ロビーにて開催します。こちらは、高校生大学生が多く参加しています。今回はクリスマスも近いのでドクター・スースの絵本「きみの行く道」(いとうひろみ訳)を朗読して、たのしく語り合う予定です。こちらは参加費は無料です。
その後の予定もお知らせしておきます。
1月27日(金)
★午前…荒井良二の絵本「はっぴぃさん」
★午後…シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」
その後、2月24日(金)、3月17日(金)に開催予定です。
小説
「抒情文芸」冬号が届きました。以前、2年前まで小説の撰者をしてくださっていた伊藤桂一先生が99歳の天寿をまっとうされたとのお知らせを読み、とてもショックです。本当に、ぎりぎりまで読んでくださっていたのですね。たくさんのお言葉にどれだけ励まされたことか。ありがとうございました。
ご冥福をお祈り申しあげます。私は、もう少しがんばってみます。
雑誌には、今回、「道しるべ」という作品を載せていただいています。先日、賞をいただきましたが、その後も作品を載せていただけることが、とてもありがたいです。読んでもらえない小説には、いくら書いても意味がありませんからね。
そうそう、昨夜、約70枚の小説を書き終えました。やはり、読んでもらってこその作品。せっかくなので直近の某文学賞に応募してみようと思い立ちました。
ところが、該当する賞の締め切りがあまりに近くて。無理をして書いたので疲労困憊。10日消印しめきりだったのでぎりぎりまで粘って、24時までやっている新宿本局まで行きました。
いつも「抒情文芸」に20枚の作品を投稿しているせいか、長さの違いを思い知らされました。疲労度がぜんぜん違うのですね。
というより、10日で書くのが無謀ですね。いや、書くことより、タネを見つけることのほうが大変なので、しょうがなかったのです。ヒントを得たのが、先月27日のポエトリー劇場だったものですから。
タネは3日ほどふやかして、6日で50枚に書きあげて1日休息。このときも、あまりに疲れて気持ち悪くなってしまったんです。その後、足りない部分を書き足しました。
もう少しゆったの書きたいものだと思いますが、ゆったりだと書けないということもあるんですよね。締め切りがないと、とても気力が持ちません。
冬毛
12月になりましたが、暖かですね。それでも、ご近所に棲息する猫さんたちはふかふかした冬毛になって、ひとまわり大きくなった感じ。自然に衣替えっておもろいですね。
この猫さん、だいぶ毛足の長いコートを着込んでいるように見えました。ケータイを向けたら逃げようとしたのですが、「ちょっと待って、写真撮るだけだから」と言ったら、ものすごく嫌そうな顔をしながらも立ち止まってくれました。
人間も冬になると、脂肪の厚さとか何か変わるのでしょうかね。こころなしか寒さに強くなったような。それから、冬眠したくなるくらい眠い。
今月に入ってから空いた時間をほとんど小説を書くことにつぎ込んでいますが、ときどきうとうととしています。
気分転換に読んだのは、島本理生「大きな熊が来る前に、おやすみ。」という短編集。実は、これ、図書館のDV特集のコーナーにあったのです。最近、読書会などでちらっと共依存やDVの話も出ていたので、この本は関係があるのかな…と半信半疑で手にとりました。
3つの短編がはいっており、確かにどれもDVに関する作品で、なかなかヘビーでした…。2つ目の「クロコダイルの午睡」というのが、私にはとてもリアルに怖く感じられました。女性の側から奮われるDVの怖さです。3つ目の作品では猫もDVの被害を受けているのに驚きました。ごまかさずに正確に描かれているので、共依存の仕組みというのが私にも少し理解できました。
島本氏の小説は、某大学の先生の読書会に幼児を抱えて参加していたときに読んだ記憶がありますが、あの頃はよくわかっていませんでした。確か「リトル・バイ・リトル」だったかと。もうずいぶん昔のような気がします。
チャイナタウンからの葉書
小説を書き始めよう、書き始めよう、と思いながら勢いが足りなかったのですが、やっとこぎ始めた自転車のような状態です。抒情文芸の締め切りまでにはまだ1カ月あるので、それとは別に、しばらく自由に進んでみようかなぁと思っています。
先日の読書会でとりあげたアーウィンショーの「サマードレスの女たち」がまだ頭に残っている状態。ブローティガンの「チャイナタウンからの葉書」(池澤夏樹訳)という詩集を読んでいたら「十一月三日」という詩が目にとまりました。
喫茶店に座っている「ぼく」と紙ナプキンの上で眠るハエ。
こいつを起こして ナプキンで
眼鏡をふかなくては。
あそこにいるきれいな女の子を
ぼくはよく見たいんだから。
ハエをこんなふうに見るアメリカ人がいるんだなぁって心が安らぎます。昆虫好きの日本人みたいですよね。
初ポエトリー劇場
昨日は西荻窪の奇聞屋というお店での「ぽえとりー劇場」というイベントに参加してました。私はそういうものに参加したことがありませんでしたが、「今回はスラム(競技として朗読を競う)というより、シンプルなオープンマイクで分かち合いを大事にするイベント」と言われたので。
昔から足を運んでいる夫に「大丈夫、大丈夫」と言われ、恐る恐る…。
私としては、まず、こんなに詩をよむ人がいるんだぁ、とそのことにびっくりしました。それが次第に、詩を朗読することがすごく普通のことなんだなと思えてきました。というか、詩をよむことは男性の条件じゃないか?と感じたほどです。
男性がほとんどだったということもありますが、男性が一歩前に出て詩をよむパフォーマンスは、やはり、女性として見て、聞いて、気持ちの良いものです。幸せな気分になりますね。
先日の島田雅彦氏の連続対談で、昔は上手に歌がよめなければモテなかったという話を思い出しましたよ。いや、アーウィンショーの「サマードレスの女たち」も思い出しました。女性としては、体のパーツではなく、男性の表現活動に魅せられるのですね(笑。
少数ながら女性の方々もいて、それぞれすごく特徴的だったのが印象に残りました。会場から言葉をもらって自作と絡めて即興詩をよむ人、アニメソング専門の人もいて、その多様性にびっくりです。女性として詩をよむというのは、特別の動機があるのかもしれないなと、自分のことも絡めて思いました。
それから、一番感激したのは、NHKのバルバラに出ていたTASKEさんのパフォーマンスをパートナーの女性のピアノ伴奏で見られたこと。ちょうど、31年前のこの日に交通事故にあわれたのだとか。なんか、あまりにすごいタイミングの日のイベントでしたね…。
ガラケーでは暗い室内でうまく写真は撮れませんかでしたが…。
ビジュアル系なんですね…。
「青い鳥」と「サマードレスの女たち」
昨日の読書会は、前半はメーテルリンクの「青い鳥」、後半はアーウィン・ショーの短編「夏服を着た女たち」でした。いつも午前午後で関連のあることが多いのですが、違いが際立ちました。
「青い鳥」は、ベルギー生まれのメーテルリンクによって1908年に書かれた戯曲です。舞台美術や衣装等についても詳細に書かれています。このまま演じられたとしたら、かなりスペクタクルで絢爛豪華だったでしょうね。時代も同じころですし、イギリスの「ピーター・パン(1904年)」のように、クリスマスに演じられた贅沢な舞台だったのではないかと想像しました。
予想以上に長い物語です。チルチルとミチルは、もともと家に青い鳥がいるのを見つけるまで、色々な国を長い時間(本人たとの意識では一年)旅をするのです。
私は堀口大学訳で今回初めて読んだのですが、なぜかいくつかの場面の映像を知っており、よくよく考えたらテレビで放映していた演劇を子どもの頃に見ていたのでした。テレビでもあまりに長く、ついつい引き込まれて最後まで見終えて激しく疲労した、その疲労を覚えています。
ついでに蘇ってきたのが、火に関するものにチルチルミチルという商品名がいくつかあったような…。そうそう、有名なのは100円ライターですね。火や光に関するものが「青い鳥」と無意識につながっている? 確かに、チルチルもミチルと旅するのは、生き物である犬や猫の他、光、火、水、パン、砂糖など。
物語が丁寧にものの道理を説いているのを感じましたが、それすら不思議に潜在意識すでにに入り込んでいるような。
かつて、物語が道徳を教えるものだったということなのでしょうか。
午後の読書会はアーウィンショーの「サマードレスの女たち」、「夏服を着た女たち」というタイトルのほうが知られているでしょうか。1939年(作家が25歳)に雑誌「ニューヨーカー」に掲載された、都会的なニューヨークを舞台にしたおしゃれなカップルのごくごく短い小説。というか、休日のプライベートな午後の一瞬をさっくり切り取ったような作品です。
男性と女性の考え方の違いが浮き彫りになるところが、問題と言えば問題です。この日、読書会の参加者に男性がいたことがラッキーでした。
「サマードレス~」一遍だけ読むと、男性視点で明るく健やかな雰囲気ですが、1939年は第二次大戦が始まった年ですから、その時代背景を考えると色々と見えてくることもあるはずです。他の短編も読んでみたほうがいいかもしれませんね。